文明の機器の起こした事

 

この時期になると、色々と昔を思い出したりするわけです。

長期休暇というものは俺にとってあまりよくないモノらしいんですよね。

余計な事を考えてしまう。

不安・不満・そして後悔。

様々な負の感情が押し寄せてくる。

 

そんな、こんな時期に昔を思い出してしまうのは愛嬌みたいなもんで、先日も高校時代なんかを思い出してました。

俺が高校の時は携帯電話なんて便利なモノも無く、インターネットなんて何?って時代でした。

まあ、このHPを見てる人は知ってると思いますが、高校時代からつきあってた彼女とは、下駄箱に手紙を書いて入れとくみたいな通信手段だったわけです。

今考えれば、放課後に手紙が入ってるとうれしかったし、教室の筆箱に手紙が入ってたときは怖かったw

すごく楽しかったし、何も疑わなかった。

 

時は流れ、今はデジタル時代。

人口の半分以上が携帯電話を持ってるこの時代に、下駄箱に手紙を入れる必要も無く、即座にコミュニケーションをとれるようになった。

インターネットの加入者数も増え、HPの開設も簡単に出来るし、チャットなどのコミュニケーションツール、Win MXなどのツールも生まれた。

確かに便利になったと言えると思う。

待ち合わせをして、待ちぼうけをくう事は無くなった。

人ごみの中ではぐれても、合流できるようになった。

 

でも、出会い系サイトといわれるようなものが登場し、それを媒介とした犯罪が生まれた。

ネット恋愛という言葉も生まれた。

オフ会というものも今では至極当たり前なものとなってきている。

これらの便利なモノは、便利さだけでなく、不安や、不満を増徴させる原因も作った。

なぜなら人は、新しい刺激を求める。

常に新しい刺激を求めていく人にとっては、終わりの無い迷路に迷い込んだようなもんだ。

そんな時代に生きていかなきゃいけない俺たち。

出会い系にはまり、携帯電話の通信料が何万になる女子高生。

次々に色々な異性と関係を持つ人たち。

ネット恋愛というヴァーチャルな世界の中で生きる人々。

ネット上の人と気軽に会おうとする人。

簡単に個人情報を流してしまう人。

様々な人々が、今日も刺激を求めて様々な相手と交信をしている。

 

この世の中は本当に便利になったのだろうか?

 

下駄箱の時代が、とても輝いていたような気がするのは、過去を美化しているだけなのだろうか?

 

『本当に大切なものは目には見えない。』

 

ある小説家が物語の中でいう言葉。

この言葉の意味を考えなければいけないんじゃないのかな?

 

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